岡村2017『雲岡石窟の考古学』

岡村 秀典2017『雲岡石窟の考古学 -遊牧国家の巨石仏をさぐる-』京大人文研東方学叢書3、臨川書店 「雲岡石窟の調査は、日本の中国侵略にともなってはじまり、日本の敗戦によって終結した。いくら純粋な学術調査であるといっても、わたし自身わだかまりを払拭することはできなかった。中国の研究者にとっては、なおさらのことだろう。しかし、人文研の所蔵資料を広く公開し、人文研と中国社会科学院考古研究所との共同編集による『雲岡石窟』全20巻42冊が中国の科学出版社から出版できたことにより、ようやく真の日中学術交流が開かれたように思う。それはまた、人文研と北京大学の両方で研究した自分の責任でもあった。」(274.) 読書とは、一般的にはその本に何が書かれているのかを知るために読むものだが、そこに何が書かれていないかを知るためになされる読書というものがあることを学んだ。 本書では、筆者の述べる「わだかまり」とは何なのかについて、記されている箇所を見いだすことが出来なかった。 木下 杢太郎こと太田 正雄が1920年に雲岡石窟で人目をはばかって仏像の修復痕跡を剥がしていたことなども、当然のことながら記されていない。 第1考古学と第2考古学の懸隔を痛感する。

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酒井2025『墨古沢遺跡』

酒井 弘志2025『墨古沢遺跡 -旧石器人の生活をかたる環状集落跡-』新日本の遺跡6、同成社 「住居の位置 1番(ママ)の問題がここである。発掘調査により検出された、a. ブロックの上に住居を復元するのか、b. ブロック円の外側に復元するのか、c. ブロック円の内側に復元するのかである。aの場合は石器づくりが住居の中で行われた結果に残されたもの、bの場合は住居の前で石器作りが行われた結果に残されたものと考えられる。cの場合はブロックを、石器の作りカスを集落外に集めて捨てた廃棄の結果に残されたものとしてとらえられる。しかしこの問題は石器ブロック形成過程の本質に迫る問題であり、そしてまだ解決していない問題である。」(97.) 「本質に迫る問題」あるいは「解決していない問題」について三つの説が示されたが、結局どうなっただろうか?

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冨田1998「山中商会展観目録研究」

冨田 昇1998「山中商会展観目録研究・日本篇 -中国近代における文物流出と日本-」  上篇(前)『陶説』第538号:75-84. 上篇(後)『陶説』第539号:73-83.  中篇(前)『陶説』第540号:81-88. 中篇(後)『陶説』第541号:70-76.  下篇(前)『陶説』第542号:66-76. 下篇(後)『陶説』第543号:52-60. 20世紀前半に中国の古美術を大量に買い付けて世界に売りさばくことで富を築いた山中商会の展示販売カタログ(展観目録)を分析した論考である。古美術の月刊誌に連載された。関連する論考は、『東北学院大学論集(人間・言語・情報)』にも掲載されている。

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